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地産地消から生まれる地元らしさ。「星峠雲海マラソン」にみる地方の盛り上げ方

2018/10/04

地域の魅力を発信するためにはどうすればいいか——。地方創生に携わる方なら、誰もが考えたことがあるはずです。せっかくイベントに人が集まっても、1度きりになってしまっては意味がありません。必要なのは継続して盛り上げること。とはいえ、実際はなかなか難しいものです。

去る8月19日、新潟県十日町市でユニークなイベントが開催されました。3年に1度開催されている「越後妻有大地の芸術祭トリエンナーレ2018」のアート作品の1つとして実施された「星峠雲海マラソン」。棚田の絶景で知られる星峠の魅力と歴史を多くの人に知ってもらいたいという想いから始まったこのイベントは、参加ランナーはもちろんのこと、地元の方も巻き込んで大成功を収めました。

絶景とマラソン。この意外な2つを組み合わせたイベントはどのようなものになったのでしょうか。大会プロデューサーの1人であり、2009年ベルリン世界陸上などに出場した元マラソン選手の加納由理さんに、「星峠雲海マラソン」に込めた想いと、地元の人を巻き込んで地域を盛り上げる方法を伺いました。

始まりは、「星峠の絶景をみんなに見てほしい」という想い

——「星峠雲海マラソン」は「大地の芸術際」の1つの作品として開催されたんですよね。

加納:マラソン型アート作品という位置づけで、美しい棚田の景色、参加するランナー、協力してくださる地元の方、これらがそろって成立する作品です。夜明け前の4時30分にスタートして峠道を6km走りきって、ゴール地点の星峠で朝日を浴びる棚田を見てもらう。完走賞は記録を書いた紙ではなく、棚田の風景を背景にして1人ひとり写真撮影をしました。その後、個人個人でまた6kmの道を戻ってきてもらう、というのが大会の流れです。

——夜明けの星峠はまさに絶景でしょうね。「星峠雲海マラソン」の開催に至ったきっかけは何だったのですか?

加納:大きくは2つあります。まず、これは私自身の想いなのですが、星峠を登り切ったところの美しい景色を多くの人にみてもらいたいというのが1つ。

私自身、マラソン選手として国内外のさまざまなコースを走ってきました。でも、試合でコースを走っているときって、周りの景色を楽しむ余裕が全然ないんです。引退して競技とは関係なく自由に走るようになってから、各地の景色を楽しめるようになりました。

十日町市の「松代」や「松之山」には、もう1人の大会プロデューサーの成瀬とともに以前からよく訪れていて、夜中に宿を出発して日の出のタイミングで星峠の山頂を目指して走ったことも。峠を登り切ったあとに広がる絶景がもう圧巻なんです。この美しい景色をほかの人にも見てもらいたくて、初めて十日町に来た人をよく連れていっていました。そうするうちに、この魅力をもっとたくさんの人に知ってもらいたいという想いが芽生えて、「星峠雲海マラソン」につながっていきました。

——もう1つのきっかけは?

加納:これは主に成瀬の想いなのですが、棚田の歴史や今抱える問題をみんなに体感してもらいたいというのがありました。星峠の棚田は大小200の棚田が斜面に広がっています。これは400年ほど前にこの地の人々が山を開墾して棚田を作り、代々受け継いで、守ってきたものです。しかし、今は住人の高齢化が進み、棚田を守っていく人が減っているという事実があります。

星峠雲海マラソンのもう1つの目的としては、ただ景色を楽しんでもらうだけではなくて、こうした棚田の歴史や現状の課題を多くの人に知ってもらって、地域創生に少しでもつなげていきたいというのがありました。

——美しい景色とともに、それが生まれた歴史、現在の課題を一緒に体験してもらいたいというのが大会のねらいなんですね。そうした想いが募っていって、どのような経緯で大会開催に至ったのですか?

加納:私がマラソン選手引退後のセカンドキャリアを模索しているときに、十日町市のビジネスコンテスト「トオコン」に参加したんです。年に数回訪れていて馴染みもある土地だったので挑戦してみました。そこで発表したのが「十日町でマラソン大会を通して、地域の魅力を発表する」というプランでした。そのときのプランは実現しませんでしたが、その後地元のいろいろな方とつながりができて、「星峠雲海マラソン」を開催することができました。

タイマー以外、大会運営はすべて地元にあるものを使って

——実現するまでに大変だったことはありましたか?

加納:地元の方の協力を得ることでしょうか。星峠は観光地としても人気の場所で、早朝から多くの人が訪れます。峠ですから近くには宿泊施設もないですし、スタート地点までの交通手段もありません。そんな中で、本当にできるのかという不安の声を、地元の方から寄せられることもありました。

——それはどうやって乗り越えたのですか?

加納:私たちが直接地元の方に話に行って、こういうことをしたいので協力してもらえませんかと一人ひとりに想いを伝えていきました。大会を行うには地元の方の協力が不可欠で、一緒に作っていきたいと。そうするうちに、1人の地元の方とつながったら、「その人が言うなら手伝うよ」と少しずつ協力してくださる方が増えていきました。

私たちは大会を自分たちよがりのものにしたくないという想いがあって。ボランティアやランナーとして参加してくれた人、協力してくれた人、みんなが楽しめるものにしたかったので、そのためにもまず地元の方を巻き込んでいきたいと考えていました。

——地元の方を巻き込むことが必要とわかっていても、実際に協力してもらうのが難しいこともあると思います。加納さんたちはどのような点を意識したのですか?

加納:みなさん協力したいと思ってくださっても、実際にどこまで協力できるかわからないというケースも多いと思います。どのくらいの人数が来て、どの道を使って、どういう準備が必要なのかなどをはっきりと明示して、「じゃあできるかも」と思ってもらうことが大事なのかなと、今回やってみて実感しました。

——大会では、地元の方からどんな協力があったのですか?

加納:今回、大会運営で使うものはほぼすべて地元で調達したんです。なるべく地元にあるものを使って、地産地消の大会にしたいと思っていたので。とはいえ、私たちは農業のことを知りませんから、地元の方に「大会でこういうものが必要なのですが、農業で使うもので何かいいアイデアはないですか」と相談したところ、「うちのあれ、使っていいよ」と言ってくださることもありました。結果的に外から持ってきたのはタイムを計る時計くらいで、あとは全部地元にあるものを活用しました。

例えば、コース沿いのkm表示看板に使ったのは米袋です。裏面には私たちが大会を通して伝えたいメッセージを書いて、ゴール地点からゆっくり帰るときに見てもらって、自分なりに考えてもらえたらなと思って作りました。

ランナーを先導する車は農作業で使う軽トラックを借りて、運転も地元の方がしてくれました。私も同席して、ランナーの様子を見ながら「ちょっとゆっくり走ってください」と伝えて一緒に先導したのですが、無事に進行できました。

給水用の水は湧き水を使いました。最初は飲料水を用意することも考えたのですが、地元の方に相談したら「湧き水が近くにあるから、使ったら」と教えてもらって。湧き水をタンクに入れて、それをコップで配る形式になりました。

ゴールテープに使ったのは、農作業で使う荒縄。前日に村のおじさんとボランティアの学生が編み込んで作ってくれたんです。走り終えた方には、地元のお米と水で作ったおにぎりを配りました。星峠の棚田を見ながら地元のおにぎりを味わう体験をしてもらうことがこの大会のハイライト。おにぎりを載せるお皿に使った笹の葉は、地元の笹獲り名人のおじさんとボランティアが近くで取ってきたものを使いました。

——参加している方も、ボランティアの方も、地元の方も、みんなが一緒になって作りあげた大会なんですね。こんなにも地元を巻き込んでいるというのがすごいなと思います。

加納:地元の方も「一緒に大会を作りたい」という想いを持ってくださって。「何かいい方法ないですか?」と相談すると、みなさん気さくにアイデアをくれて。お願いしていないのに、かかしを作ってくれた方もいたり(笑)。かかしはゴールでランナーを出迎える役目をしてもらいました。

今までにない試みだったのですが、本当にたくさんの方の協力があって、地産地消のマラソン大会が出来上がりました。地元の方たちが作ってくれたものも含めて1つの作品ですし、みんなが出演者になれた大会だと思います。

イベントを盛り上げた、心地良い「距離感の近さ」

——参加した方からは、どんな感想を?

加納:各地のマラソン大会にボランティアで参加している方からは、「こんなにスタッフと参加者、地元の距離感が近い大会は初めてだ」と言われました。ランナーもボランティアスタッフも一緒にオープニングに参加して、ゴールしたら地元のお米で作ったおにぎりを味わってもらって、最後にはみんなで一緒に記念写真を撮る。スタッフとかランナーといった境界がなく、みんなで楽しめたのが良かったと思います。

——ランナーとボランティアスタッフの境界をなくすために、工夫したことはありますか?

加納:みなさん1人で参加される方が多いので、事前にコミュニティを作りました。Facebookページを活用して情報発信していたのですが、参加される方の自己紹介も自由にそこでしてもらって。当日に「あ、●●さんですね」とすでにお互いを知っている状態になっていることも、大会の盛り上がりにつながったのではと思います。

——コミュニティができているとみなさん参加しやすいですし、当日が待ち遠しくなりますよね。「星峠雲海マラソン」は今回が第1回目の開催でしたが、今後も継続していく予定はありますか?

加納:そうですね。来年もできればやりたいなと思っています。来年も参加したいという声もいただいていますし、棚田の歴史と現状を多くの方に知ってもらうという点からも、1回限りではなく継続して取り組むことで地域に根付いて、本当の意味での地域創生につながっていくと思うので。

今回は開催が決まったのが3カ月前で準備期間が短くてバタバタしてしまったので、次回はこの反省を活かして早めに準備を進めたいですね。地元の方をもっと巻き込んで、星峠でしか体験できないイベントに育てていきたいと思います。

Locomedian View

一過性ではなく地域を盛り上げ続けていくためには、ただ人を呼ぶイベントを開催するだけでなく、地元の方と一緒に作り上げていくことが大事なのだということを今回お話を伺って改めて感じました。運営に必要なものをほぼ地元のもので手作りするという点も、唯一無二の、その地域らしいイベントを生み出すためには大切なことのように思います。

加納さんは「今後ほかの地域でも、地域創生につながる個性的なマラソン大会を手がけていきたい」とも語っていました。地域の特徴を活かしてどのようなイベントが生まれるのか、とても楽しみです。

写真提供:星峠雲海マラソン

この記事の著者

Locomedian編集部

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