LOCOMEDIAN

メディア・コミュニケーションを地域のチカラに変える ロコメディアン

人をつなぐ、真鶴半島の「泊まれる出版社」

2018/08/15

川口瞬さん、來住(きし)友美さん、長男の創くん

神奈川県の真鶴。伊豆半島のやや北東に位置する、干物が名産のこじんまりとした半島地域です。

ここに、出版社とゲストハウスを兼業して「泊まれる出版社」というユニークな取り組みを行っているご夫婦がいます。
屋号は「真鶴出版」。営んでいるのは、2015年に真鶴に移住した川口瞬さんと來住(きし)友美さんです。お二人の活動をきっかけに真鶴のことを知り、移住された方々もいるとか。

そんなお二人からなら、このLocomedianのテーマである「地方からの情報発信」についてもきっといろいろ教えていただけるはず。
そう思った私たち編集部は今回真鶴に赴き、今までのご活動や地方からの情報発信の可能性について、お二人に話を伺いました。

「人のつながり」を感じて真鶴への移住を決めた

——まず初めに、お二人が真鶴に来るまでのことをお聞きできますか?

川口:「真鶴出版」の出版業は僕がメインでやっているんですが、僕はもともと学生の頃に出版社でインターンで働いていて、大学卒業後は都内のIT企業で働きながら自費出版で『WYP』という雑誌を発行していました。

そうやって自費出版活動をするうちに、出版を自分の仕事にしたいと思うようになったんです。
と言ってもいきなり「出版がやりたいから会社を辞めます」というのは、ある程度の経験があるとはいえやはり勇気が要ります。
そんな中、彼女(*來住さん)がフィリピンで働き始めることになって、これは辞めるちょうどいい機会だと思い(笑)、僕も英語留学を理由にフィリピンに渡りました。

自費出版した雑誌『WYP』

——來住さんはなぜフィリピンへ?

來住:わたしはフィリピンに行く前は、青年海外協力隊としてタイで日本語教師をしていました。外国人と日本人をつなぎたいという気持ちで2年間やっていたんですが、なかなか簡単じゃなかったです。

そんな時に、NGO活動をしている日本人女性の方がフィリピンでゲストハウスを立ち上げたと聞いたんです。NGOにも興味があったし、ゲストハウスなら日本人と外国人もつなげるかもと思って、そこで働くことに決めました。
ゲストハウスはバギオにあって、標高が高いおかげで1年中涼しかったです(笑)
フィリピンには8ヶ月いて、帰国したタイミングで2人で真鶴に移住しました。

——それはフィリピンに住んでいた頃から決めていたんですか?

川口:地方移住は決めていましたが、移住先は何箇所か回ってからです。
とはいえ、帰国翌日にはさっそく真鶴を訪れました(笑)。そのときは、卜部(うらべ)さんという真鶴町役場の方ともお会いして、町を案内してもらいました。

來住:実はフィリピンにいた頃から、知り合いから真鶴や卜部さんのことを紹介してもらっていたんです。それもあって帰国直後に早速この町を訪ね、実際とても良い所でした。

川口:その後に香川県の小豆島や長野県の善光寺前なども回って、どうしようかと思っていたら、卜部さんから電話がきたんです。「移住体験施設を準備しているから、お試しで入ってみませんか」と(編集部注:現在、くらしかる真鶴という施設名で真鶴町が運営している)。

——直接電話がきたんですね。

川口:そうです(笑)。そこで2週間暮らし、真鶴の良さを再確認して移住することに決めました。物件もその間に見つけることができて。

真鶴に決めた理由ですか? たしかに、他の地域もとても良い雰囲気でした。
その中で真鶴の場合、いろいろな人にすぐにつながれたのは大きかったです。まずは卜部さんに近所の方たちや、真鶴周辺で活動している人たちを紹介していただいたんですが、そこからさらに別の方々にも知り合えました。
ですから、卜部さんにはとても感謝しています。

出版物を見て県外からもゲストが来るように

——真鶴に移住されてから、出版の方ではどんなお仕事を?

川口:一番多いのは行政関係からの仕事ですね。町内向けなら例えば、町の福祉計画を伝える冊子を作りました。町外向けなら、移住促進やサテライトオフィス誘致活動のパンフレットなどです。移住促進の冊子は全国で40店舗くらいの書店さんに置いてもらっていました。

手前がサテライトオフィスのパンフレット
移住促進パンフレット『小さな町で、仕事をつくる』

オリジナルの出版物は、例えばこの『やさしいひもの』です。真鶴名産の干物について、おいしい食べ方や歴史なんかをコンパクトにまとめてあります。真鶴の干物屋さんで使える「ひもの引換券」もついています(笑)

この本もいろいろな地方の書店に置いてもらっています。リュックサックにたくさん詰め込んで、書店を回って営業しました(笑)。都内をはじめ、関西や山陰、四国の書店でも置いてもらっています。自費出版時代からのコネクションもあって少しずつ人とのつながりを広げられている実感はありますね。こういう出版物を書店で手に取って県外から真鶴を訪れてくださる人もいます。

——これからしたい仕事の構想は、何かありますか?

川口:1つは、クラウドファンディングも利用しながら整備した「2号店」がもうすぐオープンするので、その経緯をまとめた本を作りたいと思っています。

2号店のダイニング。奥はキッチンスペース。インタビューを行ったロビーと同じように、木製の家具がバランス良く配置された気持ちのいい空間になっている。

——2号店を作られた理由はなんだったのでしょうか?

來住:今まで宿泊は1日1組限定で、自宅の1室を客室にしていました。どんな人たちが真鶴に泊まってくださるか確かめたい思いもあったんです。しばらくやってみて、地方移住を考えている人や、箱根が近いので外国人観光客の方も真鶴に泊まってくださるとわかりました。
同時に、ゲストのお問い合わせも増えてきて、この子(*創くん)も産まれたので、2号店を作ることに決めました。なので、今後は泊まっていただくのは2号店の2部屋になりますね。

左奥の家屋が「2号店」。写真右の階段を上った先がご自宅。
2号店の新しい客室

川口:出版の仕事では他に、町内向けに町新聞のようなものを作りたいですね。「真鶴って良い場所だな」と町の人に改めて思ってもらえるような内容で作れればと思っています。
それから今は、商工会さんと連携して真鶴の新しい地図を制作中です。

真鶴の良さをゲストに伝える「町歩きツアー」

——ゲストハウスのお仕事は來住さんが主に担当されているのでしょうか?

來住:宿泊はわたしですね。ゲストとのやり取りや予約管理などです。

それから、希望する方には「町歩きツアー」と称して1~2時間ほど真鶴の町を案内をしています。
そうですね、こういうことをするゲストハウスは多くないと思います。それでもわたしたちが町案内する理由はやっぱり、真鶴の良さを知ってもらいたいからです。
わたし自身も、ここに来た頃は真鶴の見どころというと三ツ石とか代表的スポットしか知らなかったんですが、暮らすうちに真鶴の良さがじわじわとわかってきたんです。人がおもしろかったり、「背戸道」のある町並みがきれいだったり、良いところがたくさんあります。

真鶴でよく見かける「背戸道」。家々の「背中側の戸」(勝手口)を結ぶ路地。

でも、そういう要素って1泊2日でパッと来ただけだとなかなか出会えないです。それなら、住んでいるわたしたちが案内すれば良さを伝えられると思ったんです。例えば初日に真鶴のお店や人を紹介すれば、次の日はゲストが自分でお店を巡ったりできますよね。

そういえば……ご案内したゲストの中に今は真鶴在住のあるご夫婦がいらっしゃって、移住するまでに数回泊まっていただいたんですが、2回目か3回目のときは町歩きじゃなくて一緒に不動産屋さんや空き物件をめぐる”オリジナルツアー”になったことがあります。さすがにちょっと特殊な例ですけど(笑)

「真鶴出版」を介してつながる移住者たち

——真鶴出版をきっかけに真鶴を気に入って実際に移住して来られた方が、今までで9世帯ほどもいらっしゃるそうですね。

川口:ここでの宿泊や出版物をきっかけに真鶴のことをよく知って最終的に移住された、という方はいらっしゃいますね。あくまでも僕たちの知る範囲ですが、移住者は30〜40代くらいが多い印象です。「手に職がある」タイプの人も多いですし、都内に通勤している方もいらっしゃいます。
最初は、僕らが飲み会を企画してみなさんに交流してもらうこともあったんですが、今では僕らを介さず集まったりしているそうで嬉しいです。

——お二人が最初に真鶴に来て、卜部さんを通して町の人とつなげてもらったとおっしゃっていましたが、今度は同じことをお二人が移住者の方にして、それでみなさんもつながっているんですね。

川口:本当にそうです。

移住促進で大切なのは、その土地を「好きになってもらう」こと

——地域間交流のイベントや取り組みも行っていらっしゃるそうですね。

川口:例えば先日は、「半島のライフスタイル」についてのトークイベントがここの2号店で行われて、僕だけでなく房総半島や紀伊半島の方がゲストとして参加しました。
そういった地方同士のつながりもこれからおもしろくなると思います。共通の課題もあれば、地域特有の問題もあったりして、お互いに知識や経験を伝え合って学ぶことがたくさんあります。

——最後に、お二人ご自身も真鶴に移住しかつ移住促進関連のお仕事もしているご経験から、移住を促進するうえで大切なことはどんなことだと思いますか?

來住:移住を考える人にとって、先ほどの”オリジナルツアー”のご夫婦もですが、物件は1つの決め手になると思います。良い物件があると移住する決意もしやすいです。

川口:どんな土地や場所を好きになるかは、人によって当然違います。ですから、手当たり次第に移住者の数を増やそうとはせず、「土地を好きになってくれる人を少しずつ増やす」というアプローチが、長期的に見ればその土地に良い結果をもたらすと僕個人としては感じています。
真鶴でも広く情報発信を行いながら、真鶴を好きになってくれる人に真鶴の良さを伝えていきたいです。

Locomedian View

「大切なのは、移住先の土地を好きになること」。
言われてみれば当たり前ですが、つい忘れてしまうことかもしれません。
僕も千葉県出身ながら、以前に地方移住を検討して四国に住んでみたことがありました。そのときは仕事や生活条件のことばかり考えるうちに、「その場所が好きか?」という大切な問いかけを忘れてしまっていた気がします。
今、地方移住を検討している人や移住を促進する側にいる人も、「住む土地を好きになることの大切さ」を改めて思い返してみてはいかがでしょうか。

(余談ですが、「やさしいひもの」引換券でいただいたアジの干物を焼いてみたところ、身がしっかりして味付けもちょうど良い塩梅で、掛け値なしにおいしかったです。干物に対する認識を改めなければ……と思いました)

(「真鶴岬でドローン空撮 初めての海上フライトはプレッシャー半端なかった」も公開しています。ぜひご覧ください!)

この記事の著者

noimage

高田陸(たかだりく)

Locomedian 編集・ライター/ 株式会社shiftkey プランナー

平成3年生まれの千葉県船橋市出身。大学まで東京周辺だったが、社会人になってから地方移住を検討したこともあり、地方創生に興味がある。トレイルランニング好き。無人のダウンヒルダッシュ最高です。


この人の書いた記事を見る

裏面

backnumber

「地元を映画に!」は夢じゃない。NET CINEMAが実現する映画による地方創生とは

pickup

国交省の「無人航空機飛行マニュアル」でドローン初心者がまず読むべきところ